一四世 豐隆屋元大和尚
 宝永二年(一七〇五)四月一七日、仁叟寺一四世として晋山した。

 在山中の「寶永五年孟秋龍集日(一七〇八年七月)」に、「大般若経六百巻」を当寺什物とした。延宝五年版(一六七七)の大般若経であり、貴重なものである。現在も続く大般若会は、このころより始まったと思われる。

 「天祐山月杯シン金牒」によると、「宝永五子年南呂日(一七〇八年八月)」に退董。在山期間はおよそ三年四カ月と短かったが、シン金は二二両一分を数え、延宝三年(一六七五)から続く総計は、八一両となった。

 過去帳には、元文五年(一七四〇)八月一〇日、遷化とある。しかし、退董と同じく宝永五年八月一〇日、遷化とする記録もある。宝永五年説の方が、信憑性が高いと思われる。

※シンの字は